コントを作り、お茶の間を笑いの渦に巻き込む内村さん。子どものころはおとなしく、通信簿のコメント欄には、いつも「もっと積極的に」と書かれていた。
「そと面がよくて、目立たない子どもでしたね。ギャグは好きでしたが、クラス全員の前ではなくて、仲間内で話したりする程度でした。教室の隅っこで、人数は5人くらい。その仲間たちを笑わせるだけで、満足していました。当時は、誰もがやっていたように、テレビやラジオで覚えたギャグを真似してましたよ」
内村さんは、子どものときからずっとテレビが大好きだった。そしていま、放送作家という肩書きで、大好きだったテレビと関わっている。小学生のときは、21時までしかテレビが観られなかった。しかし、親が寝てからこっそり観たり、同居しているおばあちゃんの部屋に隠れながらなど、裏技を使っていた。
「当時は、ビデオなんかない時代ですから、半端じゃなく集中して、テレビを観ていましたよ。見逃したら、もう観れないんですから(笑)。いまは、ネットでも番組を簡単に観ることができます。これは視聴者はもちろん、作り手にとっても、大きな変化だと思います」
子どものときに観た番組で、もっとも印象に残っているのは、『8時だョ! 全員集合』(TBS)だという。16年間、土曜の夜に、ほとんど生放送でやっていた、伝説のバラエティ番組である。内村さんの世代は、誰もがドリフターズを観て育ったといっても過言ではない。
「番組作りにかけられた予算も半端ではなかったでしょう。いま考えてみると、ほんとにすごいことをやっていたんだと思いますね。伝説の番組を子どものころに観ることができて、幸せでした。『オレたちひょうきん族』(フジテレビ)もおもしろい番組でしたが、同番組の最後の方には、僕は放送作家として参加していたので、いち視聴者としては、やはりドリフの方が印象深いです」
高校卒業まで熊本で暮らした内村さんは、大学に入るのと同時に上京、横浜で暮らし始めた。その2年後、映画の専門学校に入学した従弟の内村光良さん(以下ウッチャン)が上京し、同居することになる。
「ある日、ウッチャンが学校の授業で漫才をやることになり、その相方が南原清隆さん(以下ナンチャン)でした。彼らはしばしばウチで漫才の練習を行い、初めは黙って見ていた僕も、少しずつコントの内容に口を出すようになりました。彼らは専門学校を卒業して、『お笑いスター誕生!!』(お笑いタレントを目指す挑戦者が毎週勝ち抜き方式でネタを見せあう、オーディション番組)に出場するんです。そこで勝ち抜いていくには毎週、新しいネタを考えなければなりません。そのころ大学を留年していた僕も彼らのネタを考えたり、提案したりするようになったんですよ」
当時のお写真(集英社『明星』1989年9月号より)それ以降、内村さんはちょこちょこと、テレビ用にコントの原稿を書くようになった。本格的に放送作家としての仕事を始めたのは、88年に放送された『笑いの殿堂』(フジテレビ)。この番組は、芸人も放送作家も新人を起用するという方針の番組で、たまたまディレクターに誘われて参加することになったそうだ。そんな内村さんだが、職業としての放送作家を意識した、いまも心に残る経験がある。
「大学在学中の話ですが、『オールナイトフジ』(フジテレビ)という番組があって、デビューしたウッチャンナンチャンが出演することになったんです。当時は『とんねるず』の人気が絶頂。もちろん僕も一番好きな芸人でした。暇だったからついていっただけなんですが、その『とんねるず』をふくめ人気番組の収録の現場を見られて、夢を見ているような気分でしたね。 "これぞ芸能界"というような、華やかな番組でした」
ベールに包まれた放送作家のお仕事とは?
これまで担当した番組でもっとも印象的なものは、土曜深夜のあの番組…… ≫
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「体じゅう傷だらけの人が薬局にやってきました。そこでなんと言ったら面白いでしょう?」(内村宏幸)
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今回は、内村さんが『サラリーマン NEO』のために書いた渾身のコント集『サラリーマン NEО―内村宏幸オリジナルコント傑作集』(光文社刊)を1名様にプレゼント。お題に答えて、奮って応募してください!
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2008年3月6日~2008年3月19日
(当選者発表は2008年3月27日当記事内3ページ目にて)
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コメント
傷だらけも人が現れて、「親父狩りだってさ。まだ20代だしそれに私女だし・・・恥ずかしくて病院いけないわよ。」薬局の人曰く、「ホントにお女ですか?化粧くらいしていればよかったんじゃないスかね。それで薬買うお金は?」「ある訳ないでしょ、痛いより悔しい!!まして親父ってなによ!!」「ちょっと脂ぎってるからですかね。あっ、失礼しました。」「化粧落として、クレンジングしてサウナスーツで走ってただけなのに、足がもつれて転んじゃったから、酔っ払いに間違えられたみたい。こうなりゃ、待ち伏せして仕返しよ。でも痛っ。腫れてきたら余計親父じゃん。団塊の強身みせてやる~。ここはお父さんの真似で通そう。」「じゃあボクは「息子ってことで・・・」「あなた、楽しんでない?」
「あんまりないスから、こういうこと。」「まあ、いいや。これ以上落ちることって人生にそうはないから、あなたも息子としての役割きっちり果たしてよね!」「了解、親父、じゃなくて、う~む、そのお、一応女性の味方。」「って、私ら、何してんの?」「だから仕返しでしょ?」「そ、そうよ。でもだんだん、怖くなってきたあ。」「これだけやられれば・・・ボクもちょっとビビッてますけど・・・」途方にくれる2人なのでした・・・
投稿: toko | 2008/03/07 0:24:13
体じゅう傷だらけで薬局にやってくる人は
坊主でいかつくて体格のいい男の人という前提で。
「プーさんのバンドエイドありますか?」
内村さんのブログは毎日チェックさせていただいております。
ブックマークに入ってます。楽しみにしております。
投稿: キャサリン | 2008/03/07 18:07:59
薬局の客「とっ、とりあえず、止血するために縛るものが必要なんで、コンドームください」
投稿: kkzkj | 2008/03/07 20:34:42
表の張り紙のバイト募集ってまだやってますか?
投稿: ぽたぽた焼き | 2008/03/08 1:23:07
リポビ〇ンDのCMのスタント,引き受けんじゃなかった.
オロナ〇ンCください.
投稿: SS | 2008/03/08 2:07:29
「すみません、おっちょこちょいが治る薬をください」
投稿: ヒノキのバラ | 2008/03/08 23:10:16
今日からこちらでお世話されることになったアルバイトの猿渡又兵衛、まだまだヤンチャ盛りな86しゃい(独身)。宜しくお願い申す!
投稿: なえっち | 2008/03/10 12:38:21
ありったけの包帯を一刻も早く下さい!
早く巻かないと身体がアレになってしまいますもので。
投稿: はむし | 2008/03/15 2:31:56
「(あー、来る途中犬に噛まれるわ、カラスが突付くわ・・・遅刻じゃん!・・・しかし、薬剤師の俺が傷だらけでいいのだろうか・・・説得力ないよなぁ・・・)あっ!いらっしゃいませ!」
投稿: きゅん | 2008/04/06 16:49:36
人生にバンドエイドは、必要でしょうか?
『傷だらけの人生にかんぱ~い!!』
はじめまして!初めて、応募してみました。(^^)
投稿: ジル | 2008/07/11 7:48:50