トラックバックの練習台、あるいは記事のネタ探しとして親しまれているブログ『帰ってきたトラックバック野郎』。その語り手であり、かつてはココログマスコットキャラクターを夢見たこともあるトラックバック野郎氏がトラックバック機能に魅せられたのは、偶然の出会いがきっかけだった。
「あれは確か、2003年の夏が終わる頃だったと思う。プライベートでいろいろあり、俺は傷心の旅に出たんだが、あるとき次の列車が来るまで数時間空いてしまったんだ。仕方なく漫画喫茶でネットサーフィンをしていたんだが、たまたま開いたサイトで目に入ってきたのが、当時日本でも少しずつ話題になりつつあったブログの紹介記事だった。俺は流行りにゃ疎い方なんだが、この時ばかりはピーンときたね、ブログの便利さはこれからの世の中を変えるはずだ、俺の人生も風向きが変わるかもしれねぇ、ってよ」
こうして野郎氏は、ブログの宣伝役を買って出ようと決意する。しかしその手法は、外見通りなんとも豪快、そして極めて古典的なものだった。
「俺は見ての通りアナログでアナクロな人間だからね、自分にできるのは『ブログが面白い』とでけぇ声で人様に伝えるぐれぇだと思ったわけよ。しかし一から十まで全部説明しても、情報が多すぎてスルーされちまうってのはよくある話だろ? そこでポイントを絞ろうと思ったときに目に付いたのが、ブログならではの機能って触れ込みのトラックバックだったのよ。気付いたときにはトラックバックを世に知らしめるための全国行脚に出発していた。行く先々で出会った連中は、いつしか俺をこう呼んだ。"トラックバック野郎"ってな」
同年12月、@niftyのブログサービス"ココログ"がスタートするのに合わせ、ブログ『トラックバック野郎』もスタート。だがスタートからしばらくは、同ブログの語り手はトラックバック野郎氏ではなかった。『トラックバック野郎』の開設は、意外にも本人の意志とは無関係なものだったという。
「"トラックバック野郎"の名が少しずつ浸透しつつあった2003年秋に、一通のメールが届いた。待ちわびてたあいつからの連絡じゃぁなかったことに一瞬落ち込んだものの、よくよく読めば差出人は"ココログ事務局"となっている。中身は@niftyさんのところで新たなブログサービスを始めるってぇ話で、その一コンテンツとしてトラックバック練習ブログを立ち上げてぇ、ついてはトラックバック野郎として名を上げつつあったこの俺に担当してもらいたいっていうんだ。ブログやトラックバックを世間に知ってもらうためにこの話に乗らない手はねぇ、スポンサーも付いて一石二鳥だ、とは思ったものの、当時の俺はトラックバック行脚で回りてぇところが山ほど残ってた。そこで俺の呼び名やグラビアを自由に使ってくれて結構、俺は気にしねぇからココログ事務局で好きなように進めてくれってぇことになったわけよ。それが昨年秋まで続いていた『トラックバック野郎』だな」
いよいよ始まった『トラックバック野郎』。野郎氏のかぶり物好きが発覚!?
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