
取材当日、赤井さんは都内のボツワナ大使公邸で、大使夫人たちにお花のレッスンを行なっていた。バラをはじめ小さな実のついた柿の枝、中近東やアフリカ産の珍しい形・色をした花々を真剣な眼差しで活ける大使夫人たちに、関西弁とジェスチャーをまじえながら熱心に指導する。大使夫人らは、全身黒ずくめのジャパニーズフラワーデザイナーの言葉に頷いたり、笑ったり……。とてもアットホームな雰囲気だ。「花」を介してユーモア溢れる独特の雰囲気を作り出す赤井さん。いったい彼と花との出会いはいつだったのだろうか。
「ボクの祖父は花作りの農家を営んでいました。そして、母は大阪で花屋をやっていたんですよ。だから、花に囲まれる生活が普通でしたし、花の道(花に関わる仕事)へ向かっていったのも自分にとっては自然な成り行きだったんです。小さいときは菊や桃の花びらなどを集めて糊で紙に貼ったり、落ちた葉っぱを集めたり、つぼみを分解したり……、横になんぼでも草花があったからそんなことをして遊んでたかな。もちろん男の子やから野球とかにも興味はあったけど、とにかく小さい頃からキレイなもんが好きやった。え、花以外でキレイなもんは何ですかって?……それはもちろんウチの嫁はんに決まってますやん(笑)」
物心ついたときから花のある生活が当たり前だったという赤井さん。だから、花の道へ進んだことも自然だった。ところで、赤井さんは自らを「花人(かじん)」と称している。なかなか聞き慣れない言葉だが……。
「ボクの祖父母、そして両親がそうであるように、自分もまた花を扱うために生まれてきたと思っているから、自然と『花人(かじん)』という言葉が浮かんできたんです。小学生のころから華道も習っていたし、将来は花に関わる仕事に就くんやろうとはっきり思っていて、特に就職で悩んだりはしなかった。今の若い子たちは、自分は何をしたらいいんやろう、と迷うケースが多いみたいやけど、迷えるっていうのもひとつの"実力"だと思う。うまく言えへんけど、そういう子たちってまだ余裕があるんちゃうかな」
花の道を一直線に歩み続けてきた花人。そんな彼が好きな花は、コスモスやガーベラなど咲き方が儚げな花なのだそう。とにかく、花のない生活は考えられないと語る赤井さん。また、花に関わることで日々新鮮な驚きがあるとも語ってくれた。
「ボクの人生、"花"がキーワードなんですよ。たとえば、花屋でたまたま出会った花に新鮮な感動を覚えることもある。小さな達成感を感じるというか。個展を成功させて感じる達成感とそれほど変わらないんですよね。もちろん大仕事を終えたあとの達成感のほうが大きいけれども。それに、花がご縁で本当に多くの人たちと出会わせてもらってるんです。すべてが花を通じてここまでやってきてる。だから、花のない生活なんて考えられへんのです」
自分にとって花が特別な存在であることを強調する赤井さん。切ろうと思っても絶対に切れない縁、それが彼にとっての"花"なのかもしれない。
赤井さん主催の「装花の会」。各国の大使夫人が集うその会の全容とは?
今回のプレゼントは赤井さんご本人がアレンジしたブーケ!! ≫