
三波さんの芸能界デビューは、6歳のときだった。父・三波春夫さんが主役だった時代劇に、庄屋の息子の役で出演した。役は一生懸命に演じたが、とにかく撮影時間がやたらと長くて大変だった。
「もともと21時くらいに収録が終わる予定だったんですが、時間はどんどん押していく。幼稚園児だった私はだんだん眠くなってくるわけです。それで私の機嫌をとるために、母親が何が欲しいかと聞くので『自転車!』と答えると、『買ってあげるから、がんばりなさいよ』というわけです。それでも撮影がなかなか始まらない。ついに午前2時くらいになり、私は半分泣きながら『もう自転車はいらないから、早く寝たいよ~!』と訴えたり……(笑)。あのとき芸能界を嫌いにならなくて良かったですよ」
小学3年生のときに日本舞踊を習い始めて、4年生で五大流派の1つである花柳流の舞踊会で初舞台を踏んだ三波さん。なんとその2カ月後には、父が座長を務める歌舞伎座の舞台に上がっていた。
中学のときには、幕末の英雄・勝海舟とその父・小吉の生き様を描いた『父子鷹』という演目で父親と競演した。
「芝居の大詰め本物の木刀を使った立ち回りがあるんですが、いつもだったら『カンカンカンカンッ』という乾いた木刀のぶつかり合う音がするんです。ところがある日の太刀回りで、『カンカンカン』の最後に『グギッ』という鈍い音がしたんですよ。やばいなと思ったら案の定、おやじの指をおもいっきり木刀で叩いていたんですね。幕が下りてすぐに謝りに行くと、『大した事はないよ、大丈夫、大丈夫』と笑っているんですが、ふと視線を下げると、舞台に敷かれた白い布に血痕が一筋……。あれには小吉に劣らぬ親の愛を感じました」
その後慶應大学2年生の1976年に、三波さんは歌手としてデビューする。当時は、たとえば芸能人の歯は真っ白で、歯並びがいいのが当たり前。歯並びが悪ければ、歯の全部を差し歯に替えたりもする。それくらい、イメージを大切にした時代であった。歌手となった三波さんのキャッチフレーズは「昭和の若獅子」(!?)、イメージは「ブレザーを着た生真面目な大学生」というものだった。
しかし、それを180度ひっくり返すドラマの話がやってくる。
歌手デビューからしばらくたった頃、三波さんはテレビの取材で放送作家・俳優、そして参議院議員という文字通りのマルチタレント、青島幸夫さんの自宅を訪問した。最初は緊張した取材も終わる頃には年の差を越えすっかり意気投合。そのおよそ半年後、あるドラマのオファーが三波さんにやってきた。タイトルは『意地悪ばあさん』、役どころは医大を目指してお婆ちゃんの家に居候する浪人生の「万年浪夫(なみお)」。これがどうしようもないお調子者、そしてお婆ちゃんの格好の意地悪相手だった。
「びっくりしましたよ。あとで聞いた話ですが、『万年の役はね、三波豊和がいいよ!』と意地悪ばあさん役の青島さんが推薦してくださったんです。聞いたスタッフは、みんな驚いたそうですよ。だって、ブレザーを着て歌ってる真面目な青年のイメージと万年の役は、あまりにもかけ離れていましたから(笑)。青島さんはさらに『あいつ、ホントはおもしろい奴なんだよ』『三波春夫の息子が、私にバシャーっとペンキをかけられるのもいいんじゃないの?』とおっしゃっていたそうです。やはりマルチなお方です!」
『意地悪ばあさん』は、1981年からフジテレビで1年3カ月ほど放映された。「いやぁー、本当にいろんな意地悪をされました。『有名になりたい』という回では、万年がお婆ちゃんにどうしたら有名になれるかと聞くと、『新聞に載るのが一番。しかも人が驚く、普通やらないこと、それはストリーキング!』。私は台本を恨みましたよ……」結局三波さんは、パンツ一丁でロケ地だった川崎市・百合ヶ丘の駅前をぶっつけ本番で駆け抜けた。
「青島さんの計算通り、三波春夫の息子がパンツ一丁ですよ(笑)。街の人はエキストラもいましたが、何も知らない一般の方がほとんど。そりゃ皆さん驚きますよ。こんなロケができる、いい時代でした。でもこの番組のおかげで、はじけたっていうんでしょうか。私の内面を見抜き一皮も二皮もむいてくださった青島さんは、私にとって大恩人です。結局素の自分で勝負できたら、それが一番強いんだ、ということがこの時わかりましたね」
三波さんは、その後も順調に芸能活動を進めていく。テレビの仕事のなかには、温泉の生放送レポートなどもあった。20年前のテレビでは、朝から男が温泉に入るシーンをテレビで流すことなど、ありえない光景だった。温泉といえばお年寄りというイメージがあったからだ。
「そんな固定したイメージを変えたかったんですよ。男性による温泉レポートは業界初の試みだったので、取材は試行錯誤の連続で大変でした。でも、おもしろいこともたくさんありました。温泉に来ている素人さんにインタビューするんですけど、慣れていないからリハーサルと本番で違うことを答えたり(笑)。それが生放送で流れちゃうんですから。現場のレポートは、そういうところが楽しかったりするんですよ。臨場感があってね」
その後の温泉ブームの火付け役となった三波さんだが、お年寄りの姿が多かった熱海駅に若い女性があふれるのをみて、テレビの影響の大きさやレポートの一言ひとことの大切さを再認識したという。
順風満帆に見える芸能生活だが、とにかく自分の道はあせらず一歩一歩、と語る三波さん。その考え方に父親である三波春夫さんの影響がなかったといえば嘘になるだろう。父親として、芸能界の先輩として、三波さんにとってどのような存在だったのだろうか。
2005年の愛知万博では、父親が大阪万博で歌った「世界の国からこんにちは」という曲をリメイクして豊和さんで、という話が持ち上がった。
「はじめは、おやじの築いたものを傷つけたくないとまったく乗り気じゃなかったのですが、ふと気づくとおやじがこの歌を歌ったのが49歳のときで、その時私は15歳でした。そして、この企画が持ち上がったのが私が49歳のときで、私の次女が15歳だったんです。そう考えると何かめぐり合わせのようなものを感じまして、お引き受けすることにしました。 おやじが亡くなって今年で6年になりますが、おやじが生きていたらこの歌を私が歌うこともなかったでしょう」
三波さんは、デビューしたときから「三波春夫の息子」という看板を背負っていた。父と息子。芸能界ではライバルであり、家庭では普通の親子というねじれた関係は、ときに三波さんのプレッシャーになったりもした。しかし、年齢を重ねるにしたがって、三波さんの父への思いも変わっていった。
「誰だってお父さんがいてお母さんがいるわけでしょう。考えてみればおやじと私も、ごく普通の父と子の関係なんですよ。たしかに若いときは父親に負けたくないとか、比較ばかりするなよ! と思っていました。でも結局いまは、『あなたはしあわせですか?』って聞かれた時に、周りの雑音は関係なく、『しあわせです』って答えられるような人生でありたいですね。その歩みの中に見えかくれする自分の父親の存在が、たまたま三波春夫だったということなのかもしれません。ちょっと大御所ですけど……(笑)」
40年以上の芸歴を持つ三波さん。長い芸能生活の中でつらいことがあっても、いつでも笑顔を絶やしたことはない。「意地悪ばあさん」ではじけてから現在まで、ユーモアのセンスで出会う人びとを楽しませてくれている。
<次回予告>
三波さんのいまの楽しみは、「ブログを更新すること」。ご自身で執筆から更新までおこない、最先端の機能も積極的に利用しているとのこと。次回は、ブログを中心にウェブ関連のお話しをじっくりうかがいます。
●文谷川茂
●撮影:古屋陽子
<ブログ紹介>
三波豊和の『こんな話あんな話』俳優・レポーターとして日本全国を飛び回る三波さんの芸能界の交遊録や趣味のゴルフなど、こんな話からあんな話まで幅広く展開。動画や昔の貴重な写真も豊富で、飽きさせません。ぜひチェックして下さい!
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終了しました
三波豊和さんからコメントをいただきました!
サンノーブル さん
ご当選、おめでとうございます! のちほど、ココセレブ事務局よりご連絡を差し上げます。
まずは皆様、私の半生記(!?)をお読みいただきありがとうございました。
実は私も……、確かに自分で話をした内容なのですが、ココログさんが綺麗にまとめて下さったので、読んだ後「俺ってこんな人生を歩んできたのかぁ……」とあらためて感じたりしておりました。
またたくさんのご投稿、嬉しかったです。皆さん、本当に私の事を良く見て下さっている!
これまた教えられる事がいっぱいありました。これからも俳優業・タレント業をはじめ、各方面にわたりご期待にそえるようがんばります。ぜひ見ててやって下さい。
プレゼントは本当に迷いました。全員の方に差し上げたい気分でした。何卒ご了承下さい。
またブログの画面でお会いいたします。引き続き忌憚のないご意見も、お待ちしております。
ホント、ありがとうございました!!!
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三波豊和さんのインタビュー@ココログ from 双風亭日乗
すこし遅れてしまいましたが、私が取材・執筆を担当した三波豊和さんのインタビューが、先週木曜から以下のページで掲載されております。今週木曜には後編も掲載されるので、ぜひご一読ください。 ココセレブSpecialインタビュー 三波豊和さん 芸能生活四十余年 素の自分を...[続きを読む] 2007/04/02 4:12:44
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コメント
ズバリ、わたしにとって『三波豊和とは三波春男の息子である』
なんておもっていました~。。
だけどなんだか、貫禄でてきましたね^^
素敵です!
投稿 まり | 2007/03/30 14:08:26
そう、三波さんは私にとっては、はに丸のお兄さんです。
ほんとうに大好きでした。
すこし大きくなって、かぜひいて学校を休んだとき、鼻をグスグスさせて一生懸命はに丸を見てました。
ともだちとも時々なつかしがってはなしたりします。
これからもがんばってください、ハニャー!
投稿 ヒロ坊 | 2007/03/30 23:33:49
三波豊和さんはという方は、私にはとても情熱家にみえますね。本文にもありましたけど、たまたま見たNHKの鉄道模型の番組で夢中になって色を塗っている姿見まして、私は同世代なんですが気持ちが若いんだなぁと思いました。年齢を重ねていくと、それまでと別な光り方をする俳優さんっていますけど、今後もいろんなことに熱く挑戦して欲しいです。例えば、三波豊和さん版の「意地悪ばあさん」っていうのはどうですかね。
投稿 せいごんのすけ | 2007/03/31 1:28:14
三波さんは私にとって「気さくなお兄ちゃん」みたいなひとです。
先日終了した鉄道模型の番組でご一緒した時のこと
撮影直前でガチガチだった私にいっぱい楽しい話をしてくださって
「こんなに気さくに話してくれるんだ〜!」と嬉しくなり、
笑顔のままスーッと撮影に望めました。
とってもいい思い出です。ありがとうございました〜。
これからも三波さんの「笑顔」を
テレビなどで拝見するの楽しみにしていま〜す。
投稿 モロホシアキヒロ | 2007/03/31 12:12:30
そう、小生にとって三波さんとは「偉大なるトッチャン坊や」である、と申せましょう。
目をキラキラと輝かせて鉄道模型を眺める視線は、いくつになっても少年の心を忘れない「男の生きざま」を感じさせてくれます。
若輩モノの小生も、いつまでも「少年」の心意気で人生を歩んで行こうと、誓いを新たにいたします
投稿 JR関西 | 2007/03/31 17:55:16
“三波豊和さんとは・・”意地悪婆さんの万年さんです^^
実はおもしろくて気さくなかたなのでは?っと思わせてくれた番組です。
ホントに【 素 】の三波さんを見せて頂いてたようで、楽しく拝見させて頂いていた事を思い出します。
そして気になっていたお父様との関係についても、このインタビューで本音を聞けたようで胸が熱くなりました。
不思議なのですが、昔からそんな三波さんを応援していたように思います。
これからも【 素 】で楽しい三波さんを見せて下さいね♪
心から応援しています!!
投稿 カエル | 2007/03/31 21:57:13
私にとって「三波豊和」と言えば青春そのものです。
「青春よ翔べ」を歌っている豊和さんに恋をし三十数年
豊和さんのベットシーンに泣き喚き
結婚したと言ってはため息をつき
お子さんが生まれた時には自分の事のように嬉しくて・・・
テレビに出て元気な姿を見て心和んだりはげまされたり・・・
きっとそれはこれからも変わる事はないでしょう
いつまでも元気で頑張って欲しい私が元気でいられる為にも・・・
投稿 hiromi | 2007/03/31 22:11:11
私にとって「三波豊和」といえば・・・
「髷を結った粋な兄キ」です
東映撮影所では あんな事もこ~んな事も色々教わりました。
髷がないオフの時には カラ○ケボックスで
歌の個人指導までしていただきやした。
私にとって実の兄よりも 頼れる兄キです。
投稿 miki | 2007/04/02 0:57:43
みなさん、豊和さんの余裕のある歌唱力知ってますか。
一度、座ったまま歌って頂きましたが、ジーーンときちゃいますよ。あれだけ気持ちよく歌えたら幸せだし、女性もころっときちゃいますよね。その歌声売って頂戴。
投稿 オンチ | 2007/04/02 11:32:13
当方にとって、「三波豊和」といえば、世代の近い有名人でしょうか。彼のBlogサイトを拝見していると、共感できることが多く、「嗚呼、やっぱり昭和20年代後半から30年代に生まれた仲間なんだ」って感じがプンプン漂ってきます。数少ない、同世代の有名人です。
投稿 tanktankro | 2007/04/02 17:15:30
「豊和さんは若き日々の思い出」
テスト期間中にサイン会に行ったり、
リクエスト葉書何枚も書いたり、
京都まで撮影見学に行ったり、
あの頃は何であんなに行動的になれたんだろう?
って、今もあんまり変わってないかな…。
投稿 KAHN | 2007/04/02 22:15:24
ズバリ!私にとっての三波さんは「時代劇の名脇役」です。欣也「おう、八!」三波「ヘイ!」これですよねー、銭形平次の八五郎役!このやり取りが大好きでした。それにしても、本当に髷が似合いますね!でも、もう少し年を重ねられたら、廻船問屋の大旦那とか、代官の下で私服を肥やす越後屋なんていう悪役も似合いそうじゃないですか?今までは正義の味方の役が多かったですけど、「ワル」もいいかもしれませんよ。新境地が開けるかも!?三波さん、これからもどうかいろいろな時代劇に挑戦してください。蔭ながら応援しております。
投稿 くじら | 2007/04/04 20:14:00
三波さんは温泉博士です。
あさの番組もよく見てました。
すごくくわしい、ホームページをみると全国300箇所は
ゆうに行ってるとか。うらやましいですよ。。。
ブログでもっといっぱい情報を教えてください。
本にのってないやつ。。。
投稿 単純温泉 | 2007/04/05 8:25:46
私にとっての三波豊和さんは、青島幸男に負けない「マルチ人間である」です。豊和さんのブログでも分かるようにゴルフは相当の腕前、歌もうまい、歴史に造詣が深い、日舞も達人、
ITにも強い、ドラマでは名脇役。まさに文武両道って感じです。テレビの中でも知的な人柄がキラリ光ってます。今度は是非その豊富な交遊録を青島さんに負けないような本にして下さいませ!
投稿 りょうちゃん | 2007/04/06 19:14:42
私にとっての三波豊和さんは、青島幸男に負けない「マルチ人間である」です。豊和さんのブログでも分かるようにゴルフは相当の腕前、歌もうまい、歴史に造詣が深い、日舞も達人、
ITにも強い、ドラマでは名脇役。まさに文武両道って感じです。テレビの中でも知的な人柄がキラリ光ってます。今度は是非その豊富な交遊録を青島さんに負けないような本にして下さいませ!
投稿 りょうちゃん | 2007/04/06 19:24:48
豊和さんは、一言で言ってマルチ!!
洗練された都会派であって、田舎臭さも似合う。知的なのに三枚目もこなす。年を追うごとに益々魅力が増してきた様に思います。これからもずっと大ファンです。
投稿 ヤンママ | 2007/04/06 20:09:56
三波豊和とは『歳を重ねるごとにイイ味がでるスルメ親父』である。これからもいろんな味のでる“スルメ親父”であって欲しいと思う。マイペースではあるが一歩一歩何かしらを感じ吸収し、豊和さんなりのブレンドをして生かした芸能活動を期待します。頑張れ七色スルメ親父=三波豊和さん!!
投稿 みさちゃん | 2007/04/08 16:00:33
今でもそうですが、生の舞台で直接拝見していると、その方の人柄に魅せられてしまうものです。私が三波さんを始めてみたのも舞台でした。三波春夫さんの一ヶ月公演で、ドラムをたたいていたのをかすかに覚えています。気がつけばあれから約30年、歌舞伎座を満員にしていらした頃のお父様の年齢を超えていたとの事。月日の流れを感じます。時代が違うとはいえ、改めてお父上の大きさや偉大さを私も一緒に感じています。また、意地悪ばあさんの再演を期待していただけに、青島氏の訃報はショックでした。芸の無い若いTVタレントが多い中、芸をしっかり持った、三波さんの今後のご活躍にも期待いっぱいです。・・・まさか趣味悠々鉄道編にご出演なさるとは。
次はどんなご出演で驚かせていただけるのでしょうか・・・。
投稿 MOMO | 2007/04/09 22:26:12
こんにちはっ^^ホント偶然に豊和さんのブログを見つけても~う感激ですっ。何故なら私の若かりし頃、豊和さんの大ファンだったからです。もっ、もちろん今も素敵ですし大スキです。正午の「おもいっきり~」も今日のメンバーはっ?と、ついつい豊和さんがご出演されていないかとチェックをしてしまうほどですから。・・・これからもカゲながらずっと応援させて頂きます。私みたいな地味なファンがいる事もどうか忘れないでくださいね。
投稿 よしがめ | 2007/04/10 0:17:40
食べることと旅好きの私にとって 豊和さんはとても素敵なナビゲーターです。これからもいろんな食べ歩きや旅をしてまだまだ知らないところをたくさん教えてくださいね! これからも豊和さんからは目を離せません。
投稿 水江 | 2007/04/11 13:16:46