
ピッツァが誕生した街、イタリア・ナポリで少年時代を過ごしたクオモ氏。イタリア人の父と日本人の母のもとですくすく育った彼は、わずか11歳で料理の道に入ることになる。そのきっかけとなる出来事とはなんだったのだろう。
「うーん、学校に行きたくなかったから(笑)。僕、子どものころはとにかくやんちゃで暴れん坊だったので、先生やクラスメートと毎日のようにケンカしてたんですよ。そしたらある日突然、帰宅したお父さんが『お前を神学校に入れる』って言い出した。さすがにこれはヤバイなあと思ったんだけど、もう無理やりその学校に連れてかれちゃった。 それで、このままじゃ本当に神父にさせられる、と焦って必死に逃げ道を考えたんです。結局『叔父さんの店に修行に入るから!』と頼み込んで、なんとか学校には行かずに済みました。僕の叔父さんはナポリでピッツェリアをやってたんですよ。父も料理人なんですけど、彼は経営者でもありました」
クオモ少年は、ピッツァ作りという未知の世界に飛び込むことになる。だが料理人の道は想像以上に厳しいものだった。
「最初の仕事は近所へのピッツァのデリバリー(配達)。それをしばらく続けたあと、次に生地の焼き方を教わりました。これが本当に大変だった! 1日3千枚くらい売る店で焼かされたんですよ。小麦粉と水とイーストと塩。これらをただ混ぜ合わせるだけなんだけど、機械があるわけじゃないからすべて手作業だし、その日の天気によって微妙に水分量なんかを変えないといけない。3~4年は朝から晩までピッツァにかかわるすべての作業の毎日でしたね。教えてくれる叔父さんも厳しい人で、僕が作っている途中で失敗していてもなにも言わない。とりあえず最後まで必ずやらせる。で、焼き上がったらその生地を野球のボールみたいに丸めてポーンと投げて捨てるんです。もう地獄でしたね(笑)」
そんなスパルタ式特訓を受けながらも、次第にピッツァ作りの楽しさに目覚めてきたクオモ少年。だがその矢先、一家そろっての日本移住を父が突然決意する。
「ある朝、目が覚めたらお父さんが突然『イタリアはもういいや、日本に行くぞ』と言い出した(笑)。ちょっと変わった人だったんですね、うちの父は。そのとき僕は14歳で、ピッツァ作りが一番楽しくなり始めた時期だったんだけど、仕方がないからついていくしかない。そしてお父さんは千葉でイタリアンレストランを開業して、僕たち兄弟は日本の学校に入ったんですけど、僕はよい生徒ではありませんでしたね。タバコは吸う、酒は飲む、授業はサボる。イタリアではずっと大人たちのなかで仕事をしていたし、日本語も全然できなかったからクラスメートとコミュニケーションがとれなかったので、いたずらっこでした。唯一楽しかったのは、柔道を学べたことかな。イタリアでも合気道をやっていたので、日本でより深く格闘技の精神を学べたのはよかった。でもとにかく言葉が通じないから、毎日が退屈で仕方がなかった。それで卒業前にこっそりひとりでイタリアに戻ることにしたんですよ。お父さんのキャッシュカードでお金をおろして(笑)」
1年ぶりの帰国。だがナポリ空港でクオモ少年が最初に再会したのは……父に連絡を受けて待ち構えていた兄の怒りの鉄拳! そして翌々日には息子を叱りつけるため、父も一時帰国してくる。
「もうボッコボコにされましたね(笑)。まあ当然ですけど。でも僕が『もっと料理をやりたい』という意志を真剣に伝えたら、父も何とかわかってくれて、日本には連れ戻されずに済みました。その後は北イタリアの店をいろいろ回ったりして、ひたすらイタリア料理の修行を重ねました」
ふたたびイタリアで料理人の道を歩み始めた18歳のとき、日本で暮らす父が癌になったという報せが届く。慌てて日本に駆けつけるクオモ氏。そして父が最期に遺した言葉が息子の運命を大きく変えることになる。
「亡くなる前日に父が突然『俺が死んでもイタリアに運ばなくていい。日本で埋葬してくれ』と言い出したんです。僕たち兄弟はすごくびっくりした。なぜならナポリ人は自分の街をすごく誇りに思っていて、死んだら絶対に故郷に帰りたいと思っているのが普通だから。結局、なぜ父が臨終間際にそんなことを言い出したのか理由を聞き出すことはできなかったんだけど、それが本人の遺言ならば守ろう、ということで日本で埋葬しました。 そんなときに、彼の最期の言葉を聞いてから『日本にとどまるべきかもしれない』という気持ちが僕の中に湧いてきたんですね。なによりもまず、父が亡くなるときまで弟たちと経営していたレストランには莫大な借金が残っていた。その店を建て直すためには、残された家族が力を合わせなければならなかったんです。それにはまず兄弟全員でいろいろなレストランを回って、日本ではどんなものが望まれているのかを肌で感じよう、と僕が提案しました。弟たちはずっと父の店で働いてきたから、外の世界やそれ以外のスタイルがわかっていなかったからね。それで2番目の弟はレストランに、3番目の弟はホテルに、僕はいろいろなイタリアンレストランを転々と回って、という感じでそれぞれ経験を積むことにしました」
それから3年後、ふたたび集った兄弟は中目黒にナポリピッツァの店をオープンする。「今はもうありませんが、初めてのピッツェリアでしたね」。イタリア料理全般ではなく、ピッツァをメインに扱うことにした理由は、修行を重ねるうちに「日本には本物のピッツァがない」と痛感した兄弟が、母が生まれた“もうひとつの祖国”にナポリの味を正しく伝えたいという願いからだ。 ナポリから窯職人を呼んでピッツァ用の薪窯を作り、材料も道具もすべてイタリアと同じものを用意。だが開店前には同業者から「うまくいくはずがない」とさんざん厳しい言葉を並べられたそうだ。
「ナポリはピッツァ発祥の地。ピッツァの発想や歴史はすべてがナポリからスタートして世界中に広がっているんです。でも日本ではアメリカ経由の“ピザ”しか知られていなかったから、本場の味を日本人に知ってもらいたかった。日本に来たからには、自分の街の文化をなにかひとつでもきちんと伝えたいという気持ちが大きかったんです。薪窯や道具にこだわったのも全部そのため。フード業界の人たちは口を揃えて『そんな店じゃ黒字にならない』と言いました。でもいざふたを開けてみると、想像以上にナポリピッツァが多くの人たちの心を掴んでくれた。数ヵ月後には開店と同時に電話予約をしても、半年先まで空きがないほどの状態が続きました」
このときクオモ氏は弱冠23歳。周到な準備と長年現場で育んできた経験、そして周囲の雑音に惑わされないチャレンジ精神が、母の祖国である日本でついに実を結んだのだ。しかし、当初から日本人にナポリピッツァが受け入れられる確信はあったのだろうか。
「自信は全然なかったですよ。でも僕の役割は“受け入れられるか、否か”ではなく、“本物を伝えるか、伝えないか”というところだと信じていたから。正しい本物を伝えてもダメだった、というならあきらめます。でも日本人にナポリピッツァが受け入れられたことで、『ピザはアメリカのもの』という概念を覆すことができた。不可能だと言われていたことを可能にすることで、ひとつの歴史、ストーリーが生まれるでしょう? パイオニアはみんなそうなんです」
現在、イートインできる「PIZZA SALVATORE CUOMO」は、関東を中心に24店舗にまで拡大中。2007年もますます多忙なクオモ氏だが、最近では日本のみならず、中国でも活動の幅を広げている。そして昨秋、上海で開かれたイタリア政府主宰のイベントではアジア代表としての「イタリア料理大使」にも選ばれたのだ!
「イタリア大使に選ばれたときは本当にびっくりしたよ。『なにそれ!?』って顔が引きつっちゃった(笑)。もちろん評価されたことは嬉しいけど、ある面では何も変わってないよ。賞を貰っても貰わなくても、アジアでの活動はこれからも続けていくつもり。国に認めてもらうために始めたわけじゃないからね。ただ守っていかなきゃいけないものが増えたな、という責任は感じますよね。 僕の料理はメイド・イン・イタリー、でも『PIZZA SALVATORE CUOMO』はメイド・イン・ジャパン。僕のブランドは日本で生まれているし、この国で広がっているからね。これからは上海をはじめ、アジアのいろいろな国にもイタリア料理をどんどん広げていきたい」
“守っていくべきもの”の中には、イタリアで開催されたナポリピッツァ世界コンペティションで手にした栄誉も含まれている。2006年9月に行われた同大会のテクニカル部門で、サルヴァトーレチームのピッツァがなんと最優秀賞に輝いたのだ。日本で育ったサルヴァトーレ・ブランドのピッツァが本場イタリアで認められたのである。
「優勝できるなんて夢にも思ってなかったから、あの瞬間はものすごく嬉しかったよ。世界のお墨付きをもらったことよりは、ナポリの人に認められたっていうのが一番嬉しかったね。ほら、外国人が握る寿司よりも、日本人が握る寿司のほうを食べたいと思うでしょ? ピッツァも同じですよ。日本人が作るピッツァなんて食べられるか、と言われることだってある。僕らが受賞したテクニカル部門はお客さんではなく本当の食のプロが食べてジャッジを下すものだから、なおさら嬉しかったな。ただ、世界一と認められたものをこれから守り続けていくのも、相当なプレッシャーだよね」
「文化や歴史を守り続けるイタリア、新しいものを創り続ける日本。双方の過去と未来を繋げて、オンリーワンを追求してゆきたい」とクオモ氏。だが彼の生き方そのものが、日本とイタリア、両国の長所を見事に体現しているようにも思えてくる。
<次回予告>
アジア各国を股にかけて縦横無尽に活躍中のクオモ氏。次回は、最近ほぼ毎日更新しているというご自身のブログについてお話をうかがいます。ブログを利用した一大プロジェクトも計画中だとか!? お店では見られないクオモ氏の意外な素顔ものぞけます。お楽しみに!
●文 :阿部英恵
●撮影:古屋陽子
<ブログ紹介>
「Salvatore Cuomo Diary」
2007年に入って、ビッグプロジェクトも始動! のクオモさんの社長日記。ただの社長ブログにとどまらない、クオモワールドをご覧あれ!
セレブの出すお題にトラックバックまたは、コメントで答えてプレゼントをもらっちゃおう! セレブが選んだ優秀作品には、プレゼントがもらえます。どしどしご応募ください!
「あなたの大好きな、もしくは得意なイタリア料理を教えてください。このインタビュー、ブログへのご意見もお待ちしてます!」(サルヴァトーレ・クオモ)
・表参道ヒルズ「Trattoria&Pizzeria Zazza」スペシャルディナー&XEXリムジン送迎(都内近郊)に1組ペアでご招待!
XEXメンバーズクラブのリムジンがお二人を表参道ヒルズまでエスコートいたします。
クオモさんがプロデュースする、生まれ故郷ナポリの伝統料理が楽しめるレストラン、「Trattoria & Pizzeria Zazza」を、リッチな気分でご堪能ください!
タイトルに「ココセレブ special プレゼント」と明記の上、お題に対する記事をトラックバックまたはコメントをお寄せください。なお、応募以外の感想などのトラックバック・コメントも随時受付中です!
当選者の方には、ココセレブ事務局よりご連絡させていただきますので、必ず「メールアドレス」がわかるようにブログ内、コメント欄に明記してくださいね。
終了しました
小林 裕典 さん
サルヴァトーレ・クオモさんからコメントをいただきました!
「吉祥寺の時から僕らが変わったのは1つだけ。
昔のお店には薪窯がなかったことです!今はほとんどの店舗にあります。
あなたもかなり大変な仕事選びましたね!
僕らと同じく生地と闘っていると思います。
でも歴史と文化を残すために、必ず誰かが闘わなければならない・・・。
これからもがんばってください!
必ず皆に理解してもらえるはずです!」
おめでとうございます! のちほど、ココセレブ事務局よりご連絡さしあげます。ぜひ、またあの“クオモテイスト”をお楽しみくださいね!
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「ココセレブ special プレゼント」
「あなたの大好きな、もしくは得意なイタリア料理を教えてください。このインタビュー、ブログへのご意見もお待ちしてます!」(サルヴァトーレ・クオモ)
私の得意なイタリア料理?は、ペペロンチーノとたらこスパゲッテイです。海鮮具に挑戦中ですがまだうまくはいきません。麺のゆで方が一番命と思っていて自分で作るときはゆで過ぎず硬すぎず時間と麺のにらめっこしています。サルヴァトーレさんの店はラジオで大西さんの紹介をしていて白金のお店にいったのが最初、いまは家の近くにOPENしたので2,3回食べました。白金店とは少し感じが違うけれどおいしいのでまたいきたいと思ってます。
投稿 斎藤寛 | 2007/01/13 11:12:53
「ココセレブ special プレゼント」
イタリアに名物料理は数あれど、私が美味しさに夢中になったのはローマの食堂で食べたアバッキオでした。それは見た目大雑把な仔羊の肉のグリルで、お皿の上には肉の山とカットされたレモンがのっているだけした。ソースもかかっていないこの料理を前に最初は呆然とするばかりでしたが、一口たべてその美味しさにびっくり!余分な脂が落ち、ひきしまっているけれど決して固くはなく、うまみがぎゅうっと凝縮されている感じ。ソースはついていないのではなく、必要無いのだとその時理解しました。新鮮な素材とシンプルな調理法が美食・健康の一番近道だということをイタリアの人たちは熟知してるんですね。
私の中で今もナンバーワンの座にあるアバッキオですが、本場のあの味を正確に再現しているレストランにはいまだ日本では出会っていません。サルヴァトーレさんのお店のメニューには載っているかしら?
投稿 つかマンマ | 2007/01/13 15:37:50
初めて、クオモのピッツァを戴いたのは吉祥寺店でした。
今までの・・・いわゆるピザとは違い 本当に美味しく戴きました。
みちこそ違え、僕も職人です。もっとも僕はパン職人です。
僕も、いわゆる本物志向で、フランスパンにこだわっております。クオモ氏の開業時の苦悩もよくわかります。
いま、僕は「今の人たちがどんなパンを求めているのか・・」、「本物がまだまだ知られていない事も似ている」と思います。
今の僕の最も好きなイタリア料理は、細麺のスパゲッティで、ガーリックオイルときのこを使ったものです。
投稿 小林 裕典 | 2007/01/13 19:52:36
我が家の近所に最近クオモさんのお店が出来たんです
世界で一番おいしいピザやさんがやってくるとみんな興味深々
配達もしてくれると聞いたけれど、我が家のあるところはギリギリ配達区域外
くやしい!
しかし、その願いが届いたのかつい最近我が家も配達区域になりました♪
なかなかお店へ行けないのでアタシはまず宅配でピザを楽しんでみたいと思います
アタシが好きなイタリア料理はえびを使ったパスタ
えびのミソの甘みがきしめんみたいな麺にものすごくあうんですよ
それと、ライスパスタ
これは衝撃でした
サラダで頂いたんですが、はじめご飯とパプリカがフレンチドレッシングにからんでいると思ったのですがツブツブが口の中でヒンヤリと残る食感が楽しくてお店の方にお願いしてライスパスタ分けて頂きましたよ
我が家の近所のクオモさんのお店にはこの2品あるのでしょうか?
イタリアの料理はマンマの味といいますがアタシは太陽の味だと思います
赤い色がまさに太陽!
食べるだけで元気出てきます。
クオモさんのますますのご活躍お祈り申し上げます
投稿 はしぎゅう | 2007/01/13 22:52:50