おざわ えいいち

1966年生。男性。写真と全く無縁な大学で20年遅れの紛争に明け暮れる。
就職活動という言葉の意味を知る機会を得ず、タレントのマネージャーやテレビ関係など、職を点々とする。
初めて自分の稼ぎで手にしたカメラはカシオの QV-10。
コンサートや演劇等ステージ写真が守備範囲、写真誌での執筆活動からテレビ番組のプロデュースまで、器用貧乏の典型との呼び声も高い。
「全ての事象は、必ず数式として表現でき、また逆に数式は様々な方法で可視化する事が可能である。わたしたちが日頃"人間的である"とか"自然な" と形容するものも容易に、"機械的"にも"人工的"にも改竄が可能だ。その対象は瞬視した街角の風景でも、寝室の窓から朝目覚めた瞬間に目に入る退屈な風景で全てが容赦されない。本当にそうした変化が起きているのか全く気が付かない間にあらゆるものが、違ったタグを付けられ、誤った名前で呼ばれていることに最早気が付くことすら不可能かもしれない。これは既に単なるレトリックの問題では無い。わたしたちの人生そのものが既に改竄されているかもしれないからだ。(オザワエイイチ)」
オザワエイイチ氏のブログには、文章はほとんどありません。写真で語られているのです。
以下は、そんなオザワエイイチさんから、届いたメッセージです。
『日々を生きること。
やがて死に逝くのであるという前提の元での幸福。
緩慢な自殺。
Weblog という力を得た私は。
自分と、自宅を中心とした半径数キロメートルの範囲で
日々検死活動という名の徘徊を繰り替えし、
その結果がこの既視圏の800以上のエントリーとなりました。
ある写真家は、
自室にいても世界を撮影することは出来ると発言しました。
それは自室でなくても、ベランダからでも可能かもしれません。
世界の果てへの冒険は、マンションを出て左に曲がった角の先から既に始まっているのです。』
きむら とうきち

アウトドア・エッセイスト。1958年生まれ。 20代はファッションモデルとして「ポパイ」や「メンズクラブ」の誌面で活躍。30代に入り、それまで趣味としていたアウトドア・ライや料理を中心に執筆活動などをを始め、95年に家族と共に東京より河口湖 移住する。現在は河口湖を拠点として、テレビ、雑誌、ネットなどの各メディアにおいて、その暮らしぶりや、自然環境の現状、家族の在り方りなどを紹介している。またイベント出演、講演、キャンプ教室の指導なども精力的にこなし ている。また各企業の広告にも数多く出演し、そのアドバイザーなども務めている。2007年より、スイス政府環境局アドバイザー契約、英国の有名老舗アウトドア・ブランド「BERGHAUS」との契約を結んでいる。
富士五湖の自然を中心に、日本各地、世界各国の自然の美しさやその問題点を、美しい写真と硬派で辛口な視点で紹介。季節感溢れるタイムリーなフォトエッセイ。
たなか ちょーとく

写真家 カメラエッセイスト 写真撮影のほかに、カメラの話を書いて本にしたり、ブログをやったりしてます。すでにライカを手にしてから40年。長いのだけが自慢。家人とライカインコが家族。 偽ライカ同盟はすでに10年以上やってます。坂崎幸之助さん、東儀秀樹さん、黒田慶樹さん、なぎら健壱さん、福田和也さんらがメンバー(入部順) 会長は片岡義男さんです。最近日本路地裏学会もはじめました。
カメラを軸として展開する「戦うカメラ日記」。すでに6年目になるカメラブログです。2007年にココログに引っ越してきました。よろしくお願いします。 自慢は「毎日更新」です。 世界の果ての通信環境の悪いところからの更新に燃えております。
でじざむらい

2003年に結成された気鋭の写真家ユニット。小林義明、土屋勝義、豊田直之、吉田繁、岡嶋和幸、川合麻紀、清水哲朗、たかはしじゅんいちの8名で構成。デジタル写真の発表や新しい提案はもとより、撮影会やセミナーなどアマチュアの指導も活発に行なう。2006 年5月に開催されたデジ侍の写真展「風林火山絵巻」のトークショーでは定員200名のところ400名以上の応募があり、会場のキヤノンホール S のイベント動員最高記録をうち立てた。
広告、ファッション、ネイチャー、そしてアマチュア撮影指導やカメラ機材解説など、多彩な分野で活躍するデジ侍のメンバー達が、それぞれの写真活動や海外ロケ先での出来事、愛用している撮影機材のことや日常のあれこれまでを、バラエティ豊かに語ります。
メンバーの多くは「CAPA」をはじめとするカメラ雑誌でも活躍中!
なかい せいや

1967年東京生まれ。鉄道写真家。鉄道の車両をアップで写した写真だけが鉄道写真ではないという考えのもと、鉄道にかかわるすべてのものを被写体として、臨場感のある鉄道写真を撮影している。雑誌、テレビ、講演などを通して、広く鉄道写真を発表している。2児の父。甘党。
「1日1鉄!」は毎日、必ず1枚鉄道写真を撮影して公開するブログです。 田舎にも、都会にも、ちゃんと季節感があるとい うこと。お金をかけて遠くに行かなくても、魅力的な被写体はたくさん あるということ。何より、毎日カメラを持って、好きな被写体を撮ることが本当に楽しいということ。毎日の写真を通して、そんな楽しさが伝わればいいなぁと思っています。鉄分は控えめに調理しておりますので、鉄道ファンじゃなくても楽しんでいただけます(笑)。ぜひのぞいてみてくださいね。
なかむら いくお

1945年秋田県生まれ。20歳の時に独学で潜水と水中写真を始め、専門誌のカメラマンを経てフリーランスに。
現在、撮影プロダクション「株式会社スコール.」代表。国内外の海や自然、人々、そして環境を含めて精力的に取材。ライフワークの東京湾をはじめ、空港建設で揺れる石垣島・白保、九死に一生を得た北海道南西沖地震・奥尻島でのフォトルポルタージュ、諫早湾のテレビリポートなど、社会性のあるテーマにも果敢に取り組み、報道写真家の顔も持つ。
講演および出版物、テレビ、ラジオなどを通して、海の魅力と環境問題を伝え続けている。
またTVコマーシャル(日本航空・サントリービール ・武田薬品・EDWIN・メルセデスベンツ・ポカリスエット等)や劇映画、ハイビジョン映像も手掛ける。日本写真家協会、日本写真協会、日本自然科学写真協会副会長。
第9回文化庁芸術作品賞(1994年、NHKラジオドキュメンタリー『鎮魂奥尻・水中写真家中村征夫の証言』)など受賞多数。
海中でぷかぷかして40年。海の生きものたちに囲まれて、今日まで過ごしてきました。水の宇宙の住人たちは強者ぞろい。 一筋縄ではいかないユニークな面々ばかりです。ブログを通して、海のこと、生きものたちのこと、自然のこと、愉快な 友人たちのことなどを、秋田弁を交えながら展開していきたいと思っています。
よこぎ あらお

写真家 作家 千葉県生まれ。1975年からプロの写真家として広告、ファッション、NUDE、タレントの写真集、ポートレート、ドキュメンタリーとさまざまな分野の写真を撮る。1994年に初めてベトナムに行ってはまってしまい何度も通う。1999年に写文集「サイゴンの昼下がり」を出版、そこから文章を書くようになる。同時にウエッブサイトに写真や文章を発表するようになった。 その後2003年には、ベトナムを舞台とした小説「熱を食む、裸の果実」を書く。翌年、ノンフィクション「ロバート・キャパ最期の日」。2006年に初めての写真集「あの日の彼、あの日の彼女1967-1975」出版、2008年5月に「横木安良夫流スナップショット」を上梓。 これからも撮ることと書くことをバランスよく続けたいと思っています。
「THE EYE FORGET」の由来は、戦争写真家ロバート・キャパが1954年、仏領インドシナ(現在のベトナム)で地雷を踏んで死んだ直前、日本滞在中、日本を「写真の天国」だと言ったことから始まっている。当時の日本が、写真が盛んなことはもちろん、多くの日本人がカメラの前でとても自然にふるまい、写真が撮りやすい国だったからだ。キャパは日本で撮った写真をまとめて「THE EYE FORGET」というタイトルの写真集を作りたいと言っていた。残念ながら日本での撮影は、途中で仏領インドシナに行ったため、完成せず写真集は未完だ。ひるがえって今の日本は「写真の天国」だろうか。たしかにカメラ天国には違いないが。キャパの時代の日本人はもういないのだろうか。
よしむら かずとし

1967年、長野県松本市生まれ。長野県立田川高等学校卒業。東京の印刷会社を経て、1年間のカナダ暮らしをきっかけに写真家としてデビューする。以後19年間、自ら決めたテーマを追い求め、1年の半分をカナダやヨーロッパ各国のカントリーサイドで精力的に撮影活動を続けている。
2003年、カナダメディア賞 大賞受賞。
著書・写真集に『林檎の里の物語』(主婦と生活社)、『こわれない風景』『緑の島に吹く風』(光文社)、『SILENT NIGHT』(小学館)、『ローレンシャンの秋』(アップフロントブックス)、『あさ/朝』『ゆう/夕』(アリス館)、『郷愁の光』(ピエ・ブックス)、『草原につづく赤い道』(金の星社)、『光ふる郷』(幻冬舎)、『プリンス・エドワード島』(講談社)などがある。
世界一美しい島と言われるカナダ、プリンス・エドワード島との出会いをきっかけに、世界各国のカントリーサイドの風景や、そこで心豊かに暮らす人々の姿を撮り続けています。
1枚のベストショットを生み出すまでには、数多くのドラマがあり、そんな現地で体験した出来事や僕自身が感じた想いを、このブログを通して皆様にお伝えしていくつもりです。もちろん毎日更新します。